双寿会からのお知らせ

新型肺炎の感染拡大に伴う施設対応について(つづき)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、当施設では事態が沈静化するまで、面会の原則禁止に加え、次について休止とさせていただきます。

・講師を招いてのクラブ活動
・歯科訪問治療
・訪問理美容
・ボランティア等の受け入れ
・緊急性のない他医療機関の受診

また、当該期間中の外出または外泊は原則としてお控えいただきます

ご不明な点があれば、当施設の相談室までお問い合わせください。

老人保健施設豊寿苑 相談室
電話0568−71−8281
午前9時〜午後6時(土・日・祝日も可)

ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解ください。

2020.02.26 |

新型肺炎の感染拡大に伴う面会の謝絶について

下記の通り、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、事態が収束に向かうまで当面の間、ご家族等の面会を禁止にします。

ご不明な点は、当苑相談室0568−71−8281(土・日・祝日可))までお問い合わせください。

ご不便をおかけしますが、ご理解たまわりますようお願い申し上げます。

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2020.02.25 |

2年に1度の実地指導:「どうせやるなら楽しくやろう」

令和2年1月23日、2年1度の実地指導がありました。
実地指導とは、都道府県の担当者が施設を訪れ、適正な事業運営が行われているか確認するものです。

午前9時過ぎ、愛知県の監査指導室から2名、春日井保健所から1名、立ち会いとして小牧市の介護保険課から2名、計5名の職員が来苑。

初めに、適正なサービス提供、設備基準に沿った配置がおこなわれているか、介護現場をくまなく見て回りました。

それから午後5時まで、会議室で介護支援専門員支援相談員関係職種の職員、そしてがその都度、呼び出されて、記録類を確認しながら聞き取り調査がおこなわれました。

最後に、施設長はじめ、面接した職員に対して、総評が口頭で伝えられ、「改善指示事項」が文書で渡されました。

平成7年(1995)の開設以来、実地指導は何度も経験してきましたが、写真の通り、改善指導事項がここまで少ないのは初めてでした。

正直なところ、施設基準や文書管理についていくつかの指摘を受けたのは事実です。ただ、それらはケアレス・ミスや知識不足によるものばかりで、故意であったり重大な違反でなかったことがこの結果につながったのだと思います。

2020_改善指示事項

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行政による実地指導は、施設スタッフにとって1年でもっとも緊張を強いられる1日です。

それなのに、前日、各部署をまわるとスタッフたちが「夏祭り」の時とまったく同じように、みんなでキャッキャ楽しそうに準備していました。その姿を見て、自分たちに後ろ暗いところがないからだろうと感じ「今回は心配なし」と確信していました。

「仕事も人生もつらいこと、いやなことが多いけど、どうせやるなら楽しくやろう」と、いつも言っていた豊寿苑イズムの一つの完成形を見た気がしました。

令和2年1月23日、2年1度の実地指導がありました。実地指導とは、都道府県の担当者が施設を訪れ、適正な事業運営が行われているか確認するものです。
午前9時過ぎ、愛知県の監査指導室から2名、春日井保健所から1名、立ち会いとして小牧市の介護保険課から2名、計5名の職員が来苑。
初めに、適正なサービス提供、設備基準に沿った配置がおこなわれているか、介護現場をくまなく見て回りました。
それから午後5時まで、会議室で介護支援専門員、支援相談員、関係職種の職員、そして私がその都度、呼び出されて、記録類の確認しながら聞き取り調査がおこなわれました。
最後に、施設長はじめ、面接した職員に対して、総評が口頭で伝えられ、「改善指示事項」が文書で渡されました。
平成7年(1995)の開設以来、実地指導は何度も経験してきましたが、写真の通り、改善指導事項がここまで少ないのは初めてでした。
正直なところ、施設基準や文書管理についていくつかの指摘を受けたのは事実です。ただ、それらはケアレス・ミスや知識不足によるものばかりで、故意であったり重大な違反でなかったことがこの結果につながったのだと思います。
行政による実地指導は、施設スタッフにとって1年でもっとも緊張を強いられる1日です。
それなのに、前日、各部署をまわるとスタッフたちが「夏祭り」の時とまったく同じように、みんなでキャッキャ楽しそうに準備していました。その姿を見て、自分たちに後ろ暗いところがないからだろうと感じ「今回は心配なし」と確信していました。
「仕事も人生もつらいこと、いやなことが多いど、どうせやるなら楽しくやろう」と、いつも言っていた豊寿苑イズムの一つの完成形を見た気がしました。

2020.01.28 |

『こまきの劇場・映画文化を語る』に出演しました

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令和2年1月12日(日)、こまき市民文化財団の主催による、小牧市公民館講堂で開かれた『〈夢みるシネマ〉こまきの劇場文化・映画文化』のトークにゲストとして出演しました。

前半は、かつて小牧にあった2つの劇場のうち、カムカム劇場を経営していた坂(ばん)徳弘氏の未亡人である田鶴子さんらを中心に当時の劇場・映画文化を語り合うトーク・コーナー。
後半は、86年公開のカルト映画の傑作、林海象(はやしかいぞう)監督の『夢みるように眠りたい』を、監督を招いて貴重な16ミリ・フィルムで上映するという企画です。

年末に文化財団の浅井さんからこの話をいただいた時、カムカム劇場小牧劇場についてなら、61年生まれの私より年長の適任者がおられるのではないかとお話ししました。
しかし、映画『夢みるように眠りたい』を東京でリアルタイムに観ており、80年代のアングラ系サブ・カルチャーを語れるという点では適任なのかもと思い直し引き受けることにしました。

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小牧の2つの劇場は、終戦後、小牧の飛行場が進駐軍に接収された関係で、米兵たちの娯楽施設としても使われ洋画も上映されたそうです。
劇場周辺には歓楽街ができて、子どもが近寄ってはいけない「悪所」だったと聞きました。

トークでは、当時、米軍基地や米軍関係の仕事に就いており、現在は豊寿苑をご利用いただいている90代の方々から伺った貴重なエピソードを披露する予定でした。
ところが、トークが始まるや、86歳になられたさんは、当時の思い出が次々とよみがえってきて話が止まらなくなってしまい、私の時間はほとんど残されていませんでした。

進駐軍による小牧のモダン文化の痕跡について語りたかったのですが、客層の上限がせいぜい70代だったせいで、進駐軍が撤退した昭和33年(1958)以降の映画館にまつわる思い出話に終始してしまったことも思惑とはずれました。
もっとも、私が語る機会はこれからいくらでもあるでしょうから、喜んで大先輩方にお譲りしたのですが…。

映画について語る林海象監督

映画について語る林海象監督

後半の映画上映では、観客の一人として約35年ぶりに『夢みるように眠りたい』と対面でき感慨ひとしおでした。

つよく印象に残ったのは、映画製作に関わり出演もしていたミュージシャンあがた森魚さんがいかにも好みそうな、江戸川乱歩の探偵小説などを掲載した(ほぼ)戦前の雑誌『新青年』の、幻想怪奇色ただよう昭和モダニズム的な世界が浅草を舞台に絶妙に描かれていることでした。

アフタートークでは林海象監督から、27歳の時、唐十郎の劇団「状況劇場」出身で当時は無名だった佐野史郎を主役に抜擢して、モノクロ、16ミリ、大部分をサイレントで自主製作した実験色の濃いこの映画にまつわる数々の興味深いエピソードを聞くことができました。

80年代、東京で暮らす20代だった私は、毎週、雑誌『ぴあ』をチェックして、小劇場やライヴハウスでおこなわれるマイナーな映画、演劇、音楽、展覧会などに足繁く通っていました。

バブル時代というと、金に飽かしたきらびやかなブランド志向の側面ばかりが取りざたされますが、そうした金満主義的で薄っぺらな文化や風俗に吐き気がするほどの嫌悪感を持っていた若い人たちも一定層いて、彼らがアマチュアイズムやアナクロニズムを逆手にとってクールなセンスに昇華した、こうした映画を支持したのだと思います、個人的実感として。
同じ頃、新鋭のジム・ジャームッシュ監督が撮った低予算のモノクロ映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』がヒットしたのも同じ理由からでしょう。

会場入口で。林監督と筆者

会場入口で。林監督と筆者

その後のうちあげでは、名古屋コーチンすき焼き鍋を囲んで、監督とうち解けた会話をする機会が得られて、かけがえのない時間を過ごせました。

また、企画された浅井さんをはじめ、こまき市民文化財団の若い世代の人たちが、通俗的で土臭くなりすぎない、アートセンスにあふれた「小牧」の文化を創造していきたいという思いもよく伝わってきました。
道は険しいと思いますが、お手伝いできることでもあれば喜んで協力させてもらうつもりです。

令和2年1月12日(日)、こまき市民文化財団の主催による、小牧市公民館講堂で開かれた『〈夢みるシネマ〉こまきの劇場文化・映画文化』のトークにゲストとして出演しました。
前半は、かつて小牧にあった2つの劇場のうち、カムカム劇場を経営していた坂(ばん)徳弘氏の未亡人である田鶴子さんらを中心に当時の劇場・映画文化を語り合うトーク・コーナー。
後半は、86年公開のカルト映画の傑作林海象監督の『夢みるように眠りたい』を、林監督を招いて貴重な16ミリ・フィルムで上映するという企画です。
年末に文化財団の浅井さんからこの話をいただいた時、カムカム劇場と小牧劇場についてなら、61年生まれより私より年長の適任者がおられるのではないかとお話ししました。
しかし、映画『夢みるように眠りたい』を東京でリアルタイムに観ており、80年代のアングラ系サブ・カルチャーを語れるという点では適任なのかもと思い直し引き受けることにしました。
小牧の2つの劇場は、終戦後、小牧の飛行場は進駐軍に接収された関係で、米兵たちの娯楽施設としても使われ洋画が上映されたそうです。
劇場周辺には歓楽街ができて、子どもが近寄ってはいけない「悪所」だったと聞きました。
トークでは、当時、米軍基地や米軍関係の仕事に就いており、現在は豊寿苑をご利用いただいている90代の方々にインタビューした貴重なエピソードを披露する予定でした。
ところが、トークが始まるや、86歳になられる坂さんは当時の思い出が次々とよみがえってきて話が止まらなくなってしまい、私の時間はほとんど残っていませんでした。
私としては、進駐軍による小牧のモダン文化の痕跡について語りたかったのですが、客層の上限がせいぜい70代だったせいで、進駐軍が撤退した昭和33年(1958)以降の思い出話に終始してしまったことも思惑とずれました。
もっとも、私が語る機会はこれからいくらでもあるでしょうから、喜んで大先輩方にお譲りしようと腹に納めた次第です。
後半の映画上映では、観客の一人として約35年ぶりに『夢みるように眠りたい』と対面でき感激ひとしおでした。
つよく印象に残ったのは、映画製作に関わり出演もしていたミュージシャンのあがた森魚さんがいかにも好みそうな、江戸川乱歩の探偵小説などを掲載した雑誌『新青年』の、幻想怪奇色ただよう昭和モダニズム的な世界が絶妙に描かれていることでした。
アフタートークで林海象監督は、27歳の時、唐十郎の劇団「状況劇場」出身で当時は無名だった佐野史郎を主役に抜擢し、モノクロ、16ミリ、一部サイレントで自主製作した実験色の濃いこの映画にまつわるエピソードはたいへん興味深かったです。
80年代、東京で暮らす20代だった私は、毎週、雑誌『ぴあ』をチェックして、小劇場やライヴハウスでおこなわれるマイナーな映画、演劇、音楽、展覧会などに足繁く通っていました。
バブル時代というと、金に飽かしたきらびやかなブランド志向の側面ばかりが採り上げられますが、そうした金満主義的で薄っぺらな文化や風俗に対して嫌悪感を持っていた若い人たちが、アマチュアリズムやアナクロニズムを逆手に取ったセンスのよさが際立つこうした映画を支持したのだと思います。
同じ頃、ジム・ジャームッシュ監督が撮った低予算のモノクロ映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』がヒットしたのと同じ理由です。
その後のうちあげでは、名古屋コーチンすき焼き鍋を囲んで、林監督とうち解けた会話をする機会が得られて、かけがえのない時間を過ごせました。
また、企画された浅井さんをはじめ、こまき市民文化財団の若い世代の人たちが、通俗的で土臭くなりすぎない、アートセンスにあふれた「小牧」の文化を創造していきたいという思いもよく伝わってきました。
道は険しいと思いますが、お手伝いできることでもあれば喜んで協力させてもらうつもりです。

2020.01.14 | カルチャー

年末年始休業のご案内

年末年始の休業日は下記の通りになります。

塚原外科・内科外来診療
居宅介護支援事業所ケアサポート双寿会
豊寿苑デイケア
12月29日(日)〜1月3日(金)

豊寿苑相談室
12月31日(火)〜1月3日(金)

豊寿苑事務室
12月28日(土)〜1月5日(日)

休業期間中もご面会にはお越しになれます。
風邪やインフルエンザ等で体調のすぐれない方がおられる場合は家族全員の面会をご遠慮いただいております。

よろしくお願い申し上げます。

医療法人双寿会

2019.12.16 |

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