毒と薬

大人のための教養プログラム 〜豊寿苑『週間ニュース解説』

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増加する男性利用者

これまで、当苑のご利用者は女性が中心でした。しかし、ここに来て、とくにデイケアでは男性のご利用者が増えてきています。曜日によっては半数以上が男性というケースも出てきました。

デイサービスは「通所介護」といいますが、当苑がおこなっているデイケアは「通所リハビリテーション」といいます。男性利用者が増えたのは、おそらくリハビリ目的だからだと思います。

そのせいでしょうか、集団的なレクリエーションへの参加には消極的な男性利用者も少なくありません。

加えて、男性は総じて集団行動が苦手ということもあるでしょう。とりわけ、教養レベルが高い方には、より多くの人たちが参加してもらえることを前提とする福祉的なメニューは〝幼稚〟と映ってしまうのだと思います。

この問題をなんとかしたいと、昨年から始めたのが『週間ニュース解説』です。文字通り、1週間に起こった出来事を私が新聞記事からピックアップし解説していくコーナーです。

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加計問題を解説中

参加者の7、8割が男性

おもに扱うのは、政治、経済、国際、社会、文化、スポーツ。ワイドショー的な芸能ニュースはスタッフに任せているので、あまり取り上げません。

デイケアと入所の方々とに分けてそれぞれ週1回。デイケアは毎週木曜の午後1時30分、入所は毎週月曜の午前11時20分からおこなっています。参加者数はデイケアが毎回12〜15名ぐらい、入所は10名ぐらいでしょうか。参加者の7、8割は男性です。

事前に1週間分の新聞に目を通して、気になった記事にラインマーカーを施し、メモ紙に見出しをメモしておきます。

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おかげでラインマーカーの消費量が激増

当日は参加者のみなさんの反応やご意見で臨機応変に話題を切り換えていくことから、行程表はなくこの1枚のメモ紙のみが頼りです。

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こんなメモを頼りに話を進めます

デイケアは「ジジイ放談」?

デイケアでの様子

デイケアでの様子

デイケアに関しては、回を追うごとにファンが増えてきており、中には事前に新聞やテレビで予習してこられる方や、リハビリをそこそこで切り上げて参加してくださる方もおられ、こちらも真剣勝負です。

国内政治や世界情勢、ドラゴンズについて、みんながワイワイガヤガヤ、侃侃諤諤(かんかんがくがく)議論するサロンになってきたことをとてもうれしく感じています。

ご利用者からいつも質問が寄せられます

ご利用者からするどい質問が…

この楽しいひとときを、ブラックなユーモアを込めて「時事放談」ならぬ「ジジイ放談」と呼んでいます。

みなさんのご要望にお応えできるよう全力を尽くしますので、みなさんもドンドン頭を使って議論を交わしてください。

入所は世間の風を送るため

入所での様子

入所での様子

いっぽう、入所はこれとは雰囲気がまったく違います。全体の85%近くが要介護3以上

参加者はその中では比較的介護度が低めなのですが、それでも、私の話にたいして発言される方はまれで、ほぼ無表情のまま、相づちを打たれることさえほとんどありません。

だから、話に興味を持っていただいているのか、そもそも話をわかっていらっしゃるのか、読み取れなくて「自己満足でやっているだけじゃないか?」と自己嫌悪に陥ることもしばしばです。

しかし、たとえご本人にはよく理解できなかったとしても、私が政局やら国際情勢やらについて語り続けるのは大事なことだと思っています。

というのも、施設での生活は平穏だけれども一般社会から隔てられた閉鎖的な環境なのです。だから、こうやって日々変わり続ける世間の風を送り届けているわけです。

時間延長のため昼食の方々もゾクゾク

時間延長のため昼食の方々も続々

こうやって毎週2回、『ニュース解説』のために事前に1週間分の新聞に目を通し本番を終えたときには身も心もクタクタになってしまって、そのあと、しばらく仕事が手に付きません。

「『ニュース解説』があるから木曜のデイケアを利用している」というありがたいお言葉を耳にするに付け、どんなに忙しくても手抜きは絶対しないと心に誓った次第です。

2018.05.19 | カルチャー

穂積久〜小牧が生んだ昭和モダン文化人』講演会

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このたび、小牧市文化協会から依頼で文化講演会『穂積久〜小牧が生んだ昭和モダン文化人』をおこなうことになりました。

小牧出身の穂積久(1903〜1989)は、戦後、盆踊りの定番「名古屋ばやし」「新小牧音頭」を作詞した民謡詩人として知られています。

しかし、大正末から昭和初期の青年期には、ロマン主義的な短歌、小説、戯曲、童話、映画評などに幅広く手がけたモダニストでした。

その後、当時、最先端を行っていた流行歌の作詞家に転身。戦前戦中、名古屋にあったツル/アサヒ・レコードを中心に、数多くの作詞を手がけました。

そんな久のことを、私は「小牧の西條八十(やそ)」と言っています。

今回の講演では、小牧や「昭和歌謡」といった狭い文脈ではなく、ワールド・ミュージックというか、カルチュラル・スタディーズの視点から穂積久に迫るつもりです。

単に教養を深めるだけではおもしろくないので、初期短編小説の朗読、渡辺はま子「小夜しぐれ」他、当時の貴重なSPレコードの解説と試聴、幻の童謡「つばめ」の実演、名曲「三味線軍歌」の芸妓風日本舞踊、小牧民謡協会による「名古屋ばやし」「新小牧音頭」などの民謡踊りなど、エンターテイメント的な要素も入った「ライヴ・パフォーマンス」です。

このことを通じて、小牧が生んだ文化人、穂積久の現代への再生を試みようと考えています。

それは、晩年の久を知っていて、久と同じ、小牧で生まれ、早稲田大学に学び、現在小牧で暮らす私に課せられた使命のように感じています。

小牧駅前に新しく建てるという図書館に、適度なポピュリズムを取り入れることには反対しませんが、それには穂積久を初めとする郷土が生んだ文化人が遺した書籍やレコードなどを「小牧の文化遺産」として、きちんと整備することが前提であると声を大にして言いたいです。

 

『小牧が生んだ昭和モダン文化人「作詞家 穂積久」』

講師 塚原立志(音楽ライター、文筆家)

日時 平成30年2月8日(木)午後1時30分開演

場所 まなび創造館あさひホール(ラピオ5階)

小牧市小牧3-555(名鉄小牧駅西徒歩3分)

主催 小牧市文化協会 後援 小牧市教育委員会

入場無料 当日先着300名

2018.01.25 | カルチャー歴史と文化音楽とアート

「情報最大・叡智最小」 〜 小牧市「ツタヤ図書館」問題に思う

小牧市の新図書館建設をめぐる住民投票は反対多数になりました。この結果を受けて、小牧市は、10月20日、TSUTAYAを展開するCCCとの契約を解消し、いったん白紙に戻すことを発表しました。
といっても、ゼロベースにするのではなく、CCCとの再連携の可能性も残しつつ、市議会や市民と協議して計画の見直しを図りたいとのことのようです。
これにはいろいろと批判もあるようですが、私は今回の市長の決定を支持します。
私は、新図書館の建設計画は前から知っていましたが、それが「ツタヤ方式」になることはつい最近まで知りませんでした。だから、今回の見直しを機に、小牧市民の一人として建設計画の協議に積極的に関わっていければと考えています。
ところで、小牧市がCCCとの契約解消を発表したその日、朝日新聞朝刊「文化・文芸」欄に「図書館考 賛否巻き起こすツタヤ流」という記事組が掲載されました。
この記事で印象的だったのは、カフェや書店などを併設したり、イベントをひんぱんにおこなうなどして、当初の予想を上まわる来館者があるにもかかわらず、なんで世間からここまで批判されるのかと戸惑うCCCの高橋・図書館カンパニー社長の姿でした。
高橋氏によると、CCCでは、購入図書は、まず系列の「代官山 蔦谷書店」などでよく売れている本を参考に仮の購入リストを作成し、そのうえで、図書館の利用者アンケートの結果を踏まえて決めるとのことでした。
そして、こんなことを自慢げに語っています。
「CCCは書籍の販売、流通量では日本一。そのデータを使うことが僕たちの強みになる」(同記事より)
わかっちゃないなあ。
そういうビッグデータに偏りすぎた思考スタイルがイヤなんだって。
戦後日本を代表する知識人、丸山眞男(まるやままさお)は、福沢諭吉の『文明論之概略』をテキストにした晩年の講義録『「文明論之概略」を読む』(上・中・下)(岩波新書 1986年)で知の構造について、こんなふうに論じています。
知の土台には「叡智」wisdom、 その上に「知性」intelligence、その上に「知識」knowledge、一番上に「情報」information がきます。「叡智」と「知性」を土台にして「知識」が発揮され「情報」が生きるのですが、現代の社会は「情報最大・叡智最小」の逆三角形になっていると批判しています。
この知の逆三角形こそ、CCCのスタイルのように私には思えます。
ことのついでに、ベストセラーにもなった『「文明論之概略」を読む』を、小牧市立図書館と、CCCが指定管理者になっている佐賀県の武雄市図書館のそれぞれで蔵書検索してみました。結果は、小牧市立図書館にはありましたが、武雄市図書館にはありませんでした。
ちなみに、小牧市立図書館には『丸山眞男集』全16巻と別巻の全部が揃っていましたが、武雄市図書館には1冊もありませんでした。
さらに驚き呆れたのは、武雄市図書館には、日本の思想史を学ぶ上で基本中の基本といえる丸山真男の『日本の思想』(岩波新書)さえ置いていない有様です。ここまでくると、CCCは私たち日本人の脳を「タコツボ」ならぬ「タコのお造り」にしようと目論んでいるのではないかと勘ぐってしまいます。
文科省の方針で国立大学の人文社会系の大幅な見直しが迫られている今日この頃、丸山が取り組んだ批判精神を育てる「教養」の立場はますます悪くなっているようで、このままでは日本はダメになってしまうのではないかと心配でなりません。

小牧市の新図書館建設をめぐる住民投票は反対多数になりました。この結果を受けて、小牧市は、10月20日、TSUTAYAを展開するCCCとの契約を解消し、いったん白紙に戻すことを発表しました。

といっても、ゼロベースにするのではなく、CCCとの再連携の可能性も残しつつ、市議会や市民と協議して計画の見直しを図りたいとのことのようです。

これにはいろいろと批判もあるようですが、私は今回の市長の決定を支持します。

私は、新図書館の建設計画は前から知っていましたが、それが「ツタヤ方式」になることはつい最近まで知りませんでした。だから、今回の見直しを機に、小牧市民の一人として建設計画の協議に積極的に関わっていければと考えています。

 

ところで、小牧市がCCCとの契約解消を発表したその日、朝日新聞朝刊「文化・文芸」欄に「図書館考 賛否巻き起こすツタヤ流」という記事組が掲載されました。

この記事で印象的だったのは、カフェや書店などを併設したり、イベントをひんぱんにおこなうなどして、当初の予想を上まわる来館者があるにもかかわらず、なんで世間からここまで批判されるのかと戸惑うCCCの高橋・図書館カンパニー社長の姿でした。

高橋氏によると、CCCでは、購入図書は、まず系列の「代官山 蔦谷書店」などでよく売れている本を参考に仮の購入リストを作成し、そのうえで、図書館の利用者アンケートの結果を踏まえて決めるとのことでした。

そして、こんなことを自慢げに語っています。

「CCCは書籍の販売、流通量では日本一。そのデータを使うことが僕たちの強みになる」(同記事より)

わかっちゃないなあ。

そういうビッグデータ依存を少しも疑っていない思考回路が鼻持ちならないんだって。

戦後日本を代表する知識人、丸山眞男(まるやままさお)は、福沢諭吉の『文明論之概略』をテキストにした晩年の講義録『「文明論之概略」を読む』(上・中・下)(岩波新書 1986年)で知の構造について、こんなふうに論じています。

知の土台には「叡智」wisdom、 その上に「知性」intelligence、その上に「知識」knowledge、一番上に「情報」information がきます。「叡智」と「知性」を土台にして「知識」が発揮され「情報」が生きるのですが、現代の社会は「情報最大・叡智最小」の逆三角形になっていると批判しています。

この知の逆三角形こそ、CCCのスタイルのように私には思えます。

 

ことのついでに、ベストセラーにもなった『「文明論之概略」を読む』を、小牧市立図書館と、CCCが指定管理者になっている佐賀県の武雄市図書館のそれぞれで蔵書検索してみました。結果は、小牧市立図書館にはありましたが、武雄市図書館にはありませんでした。

ちなみに、小牧市立図書館には『丸山眞男集』全16巻と別巻の全部が揃っていましたが、武雄市図書館には1冊もありませんでした。

さらに驚き呆れたのは、武雄市図書館には、日本の思想史を学ぶ上で基本中の基本といえる丸山真男の『日本の思想』(岩波新書)さえ置いていない有様です。ここまでくると、CCCは私たち日本人の脳を「タコツボ」ならぬ「タコのお造り」にしようと目論んでいるのではないかと勘ぐってしまいます。

文科省の方針で国立大学の人文社会系の大幅な見直しが迫られている今日この頃、丸山が取り組んだ批判精神を育てる「教養」の立場はますます悪くなっているようで、このままでは日本はダメになってしまうのではないかと心配でなりません。

2015.10.21 | カルチャー

TSUTAYAと提携する小牧市新図書館はスタバ?

新図書館の外観イメージ(小牧市HPより)

新図書館の外観イメージ(HPより)

小牧市が進める新図書館建設計画の賛否を問う住民投票が、10月4日、市会議員選挙投票日と合わせておこなわれることになりました。

新図書館の建設予定地は、豊寿苑から徒歩5分、小牧駅東口に市が所有する一等地です。ここに延べ床面積は現在の2.6倍、最大収容冊数は2倍強の約50万冊という図書館を約42億円かけて平成30年(2018)のオープンをめざすというものです。

この図書館は、大手レンタル店TSUTAYAを運営しているカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下CCC)などの民間業者と連携して、基本設計から開館後の運営管理まで携わってもらうということです。

この計画は市民の意見をじゅうぶんに聞いた上での決定ではないので白紙に戻すべきである、と市民グループ「小牧の図書館を考える会」が署名を集めて、今回の住民投票にこぎつけました。

この話を聞いて思ったのは、民間の指定管理者がTSUTAYAでなく、小説家・詩人の辻井喬(つじいたかし)でもあったセゾングループ元代表の堤清二が創業した書店リブロだったら、ここまでの反発を招いただろうか、ということです。

CCCは、俗っぽいレンタル業者TSUTAYAのパブリック・イメージを払拭しようとしてか、東京・代官山に建築やレイアウトに気を配った蔦屋書店というハイセンスな書店もやってます。そこは、場所柄もあるでしょうが、本の中味そのものよりも本をめぐるライフスタイルにこだわっている感じです。

代官山 蔦谷書店(HPより)

代官山 蔦屋書店(HPより)

年中無休で夜まで営業、カフェを併設するという新図書館も、基本的にはそんなライフスタイル提案型のコンセプトに則っているのかもしれません。

そう思うと、小牧市に先行してCCCが指定管理する佐賀県の武雄市図書館の蔵書に、10年以上前の公認会計士試験対策本やら、埼玉県のラーメンマップやらが混ざっていても驚くに当たりません。なぜって、大切なのは全体としての見た目と雰囲気であって、個々の具体的な中味なんて二の次なんですから。

武雄市図書館(HPより)

武雄市図書館(HPより)代官山蔦屋書店と比較してみよう。まさしく金太郎飴!

ことわっておきますが、私は「図書館のデザイン化はけしからん」といいたいのではありません。なんといっても、私は「思想はファッションでもある」という80年代ポスト・モダン世代ですから、図書館をスタイリッシュにデザインすることには基本的に賛成です。

ただ、CCCのセンスが気に入らんのです。

なんというか、一見、洗練されてはいるんだが没個性的。ビッグ・データから導き出されたマーケティングにもとづく広告代理店的なステレオタイプ(金太郎飴)の機能美みたいで、ハイセンスどころか、小っ恥ずかしくなります。じつに寒い。

そういえば、小牧の新図書館には、武雄市図書館と同様、スターバックスが入るといううわさがあります。

なるほど、スタバか。CCCが携わる新図書館の基本設計や方針も、全国のどこへ行っても金太郎飴のスタバなんでしょうね。もちろん、「ジモト」ならではの独自性を打ち出すかと思いますが、それもハローキティーのご当地限定みやげレヴェルにとどまることでしょう。

私が理想とする図書館は、たとえていえば、豆にこだわる店主が運営する自家焙煎のコーヒー店です。でも、実際問題、この小牧で、そんなコーヒーをわざわざ飲みに来る人たちがどれだけいるのか? いないでしょう。

では、現在の図書館はどうかというと、酸味の強いブレンド・コーヒーにおつまみが付いてくる、常連さんしか来ない昔ながらの喫茶店です。小牧市立図書館へはこれまでにも何度も足を運びましたが、自分が探している本が置いてあった試しがありません。地元である小牧・長久手の戦い関連の本を探しに来たときも、思っていたほど揃ってなくて愕然としました。本棚のレイアウトも公立の小中学校に毛が生えた程度のレヴェルでダサダサ。とても「おとな」の行くところには思えません。ただ、建物はすばらしいので、なんらかのかたちで残してもらいたいものです。

現在の小牧市立図書館外観(建築PICNICより)

現在の小牧市立図書館外観(「建築PICNIC」HPより)

そんなわけで、私は「TSUTAYA方式」を採ろうが、採るまいが、はなから新図書館の「中味」には期待できないと思っています。だって、どっちに傾こうがポピュリズムを貫くのに変わりはないのですから。

そもそも、「TSUTAYA方式」推進派にとっては、新図書館の蔵書内容なんかどうだっていいことです。大切なのは、新図書館に多くの人が集まって小牧駅前が活性化することなのですから。いってみれば、図書館の名を借りたアミューズメント・パーク。この場合、本は手段であって目的ではないのです。悲しい話ですが。

といって、今回の住民投票で新図書館建設計画が見直しになったとしても、「良識派」と目される「市民たち」がイニシアティブをとるのであれば、図書館は愛書家としての私の意に沿うものにならないでしょう。

だから、判断に迷いました。そして、悩んだあげく、こう結論しました。

中心市街地を活性化するのに、行政機関としての小牧市にやれる最善の策は、新図書館の建設ぐらいしかないかもしれない! 成功するか失敗するかは別として。

民間活力導入の是非については、昔ながらの喫茶店の延長線上にある「コメダ」が来るぐらいなら、「スタバ」の方がまだマシ、といったところでしょうか。

願わくば、本と小牧をこよなく愛し、こだわりと情熱を持ったバイタリティあふれる司書が現れんことを。

(2015/09/30)

 

この記事についてツイートしたところ、いろいろとご意見をいただきました。

それで思ったのは、一過的な地域活性化とポピュリズムのために、図書館という文化の 〈聖域〉 を、ツタヤごときに明け渡すのは小牧市民として恥である、ということです。

文化は、未来を見据えた持続可能性 sustainability がないとダメだと思います。

私は「Tカード」なんていらない!

(2015/10/2)

2015.09.30 | カルチャー

NHK取材記〜「ビートルズ世代」は誰?

テレビ取材の合い間、おちゃめにポーズしてみせる榎本加代子先生

テレビ取材の合い間、おちゃめにポーズしてみせる榎本加代子先生

『ほっとイブニング』は、NHK名古屋放送局制作で、毎週月〜金曜の午後6時10分〜7時00分、地元のニュースや話題を中心に伝える報道情報番組。

その週はシリーズで「介護」を特集していました。
深刻な介護人材不足に頭を悩ます施設の取り組みや、介護する側の心の負担など、夕方のローカル情報番組らしからぬ問題意識と掘り下げの深さに、つい画面を見入ってしまいました。それは、介護労働を「低賃金」「重労働」「将来性なし」の手垢にまみれたパブリック・イメージをくり返すにとどまる、次元の低い、高みに立った紋切り型の論調とはひと味もふた味もちがっていました。

NHKが取り上げたこうした問題は、重たい「現実」です。だから、少しでも多くの人びとに知ってもらう必要があります。といって、これらに対して絶望的な気持ちでいたところで何にもなりません。そんな中でも前を向いて、喜びや楽しみを見つけようという態度で臨むことが大切なのではないか。私が『ダンスフェス2013』を通じて訴えたかったのはそのことです。そんなわけで、番組のHPあてに『ダンスフェス2013』開催の告知させてもらったのでした。

ご案内したのは『ダンスフェス』がおこなわれる土曜日の週でしたので、ほんの3、4日前。時間的にみて、番組で取り上げてもらえるとは当初から考えていませんでした。「いま、なぜ、ダンス・リハビリなのか?」についてHPに書いた文章が、シリーズ「介護」の担当者の目にとまってくれたらいい。そんな程度でした。

それから2日ほどして、記事を読んで興味を持ってもらえたNHKの松岡さんという記者の方から電話があり、イベント当日、プライベートで見に来てもらえることになりました。

松岡さんは、電話口から想像していたとおり、気さくでさっぱりしていてウィットに富んだ笑顔が印象的な女性でした。イベント終了後に話し合って、2日後の月曜日、榎本先生のいつものレッスンに撮影クルーを連れて取材に来てもらえることに決まりました。

平成25年11月18日、取材班は記者の松岡さんを含む3人で現れました。驚いたのは、松岡さんはじめ、カメラ担当の方も、音声担当の方も全員が女性だったことです。松岡さんは「たまたま」といってましたが、ソフトで友好的なムードを作りながら、取材対象である榎本先生、私、お年寄りのみなさんの緊張感や警戒心をたくみに緩めて、すんなり中に入り込んでいくやり方は、女性ならではかもしれないと感心しました。2日前のイベントで取材してもらった中日新聞記者の方の、観察者的で、記者然とした一問一答的な取材態度とは好対照でした。

いつものレッスンを終えてインタビューを受けている榎本先生

いつものレッスンを終えてインタビューを受けている榎本先生

レッスン中のお年寄りに、にこやかにさりげなく近づいてインタビュー

参加したお年寄りににこやかに近づいてインタビュー

その様子は、その週の21日、木曜日の『ほっとイブニング』で放映されました。放送時間は思っていたより長く、3分はあったと思います。

放送では、介護サービスを受ける高齢者の中心が戦中・戦後世代になって、価値観が多様化し、介護施設でのレクリエーションが従来の〈高齢者=演歌・民謡〉の紋切り型だけでは通用しにくくなっていること。そこで、スポーツ・クラブに通う高齢者が増えていることに着眼して、リハビリの一つとしてダンス・エクササイズを取り入れた、という私の考えが紹介され、当施設でのレッスン風景が映し出されました。

画面からは、お年寄り、榎本先生、スタッフたちの表情や仕草に、よそ行きではない、きれいごとではない、いつもどおりの和気あいあいとしたムードがにじみ出ていて、とてもよかったと思います。私も彼ら、彼女らの、ああした笑顔を見るのがうれしくて、ブログで紹介し『ダンスフェス』をする気になったんだなあと、そのとき思いました。

ただひとつ、問題があったとすれば、裏方のつもりでいた私がクローズアップされていた点です。放送終了後、お礼かたがた、メールで松岡さんにそのわけをたずねてみると「塚原さんがおもしろかったから」だそうです。喜んでいいのか、反省すべきなのか、微妙なところです。

NHK記者の取材を受ける筆者

松岡記者の取材を受ける筆者。左手にはさりげなくICレコーダーが。

反省といえば、放送で「ビートルズ世代に向けた取り組み」とありましたが、あれは私の失言です。
ビートルズが日本公演をおこなった66年前後に青年期を迎えていた世代を「ビートルズ世代」と呼ぶことがあります。その世代の人たちもいまや70歳前後になり、今後、介護のリスクが高くなるのはまちがいありません。ですが、現時点では大多数はまだ元気です。
ダンス・エクササイズの中心世代は、彼らより10歳近く年長の、ちょうど55年頃に青年期を迎えた人たちです。だから「マンボ世代」と紹介されるべきだったと思います。

なぜ、私がこんな初歩的な失言をしてしまったかというと、取材の翌日、元ビートルズのポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行く予定だったからです。そのため、頭の中がビートルズのことでいっぱいになっていて、ついつい口がすべってしまいました。この場所を借りてお詫びします。

そんなわけで、ここですこし話題を変えて、翌19日のポールの東京ドーム公演の話をしたいと思います。

ポール・マッカートニーは今年、71歳を迎えました。彼の年齢から考えて、最後の日本公演になるだろうと思った私は青春時代のメモリアル体験ぐらいの気持ちで、中味にはあまり期待せずコンサートに足を運びました。 だが、それはとんでもない誤解でした。

‘Yesterday’‘Day Tripper’‘Lady Madonna’‘Obla Di Obla Da’‘Hey Jude’‘The Long And Winding Road’‘Let It Be’ といったビートルズ時代のポールの代表曲から、最新ソロ・アルバム“NEW” 収録曲まで、全37曲を、ポールは、ベース、生ギター、エレキ・ギター、ピアノと次々と楽器を乗り替えながら、キーを下げることなく、アレンジも当時のままほとんど変えずに、約2時間45分を、ほぼ休憩なしにエネルギッシュに歌いこなしました。

ポールのニュー・アルバム"NEW"

ポールのニュー・アルバム"NEW"

ビートルズのナンバーでもっともワイルドでヘヴィな‘Helter Skelter’ をアンコールで見事にシャウトして歌ったり、名作『アビーロード』B面、怒濤のメドレーのラスト、その名も‘The End’ で、ジョン、ポール、ジョージで演じた三つどもえの激しいギター・バトルを再現してみたりと、とても71歳とは思えない現役感バリバリの姿に、最後は感動を通り越して放心状態になってしまいました。

ポール以外にビートルズのメンバーで存命中はリンゴ・スターで73歳。生きていれば、ジョン・レノンは73歳、ジョージ・ハリスンは70歳です。本人たちの年齢を基準にすれば「ビートルズ世代」は、あながちまちがっていないかも。

ところで、66年のビートルズ来日公演をきっかけに日本の若者文化は大きく変わったといわれています。ところが、全共闘運動を扱った大著『1968』(新曜社)で歴史社会学の小熊英二は、当時の青少年がこぞってビートルズ熱に犯されたというのは、後年に創られた「神話」であるといっています。
じつはビートルズのレコードが本格的に日本で売れるようになったのは、解散後の73年に発売された通称「赤盤」「青盤」と呼ばれている二組の2枚組ベスト盤以降なのだそうです。

筆者の書棚から、小熊英二『1968』背表紙

筆者の書棚から、小熊英二『1968』背表紙

私は13歳の時にポール・マッカートニーとウイングスが歌った映画『007死ぬのは奴らだ』の主題歌をきっかけにビートルズを知るようになりました。ビートルズにもっともはまっていたのは、ポール絶頂期の『バンド・オン・ザ・ラン』と、続く『ヴィーナス・アンド・マース』のあいだですから74、75年です。だとすると、61年生まれの私こそ、正真正銘の「ビートルズ世代」ということになります。

ということは、「ビートルズ世代」の洋楽マニアだった私が、同世代だが異次元にいた「ディスコ世代」の榎本先生と30数年後に高齢者介護というフィールドで出会い、ダンス・リハビリが実現したということなかもしれません。
3月にはローリング・ストーンズの東京ドーム公演へ行ってきます。

2013.12.25 | カルチャー音楽とアート

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