毒と薬

認知症と音楽療法〜映画『パーソナル・ソング』を観て【2】

ルイ・アームストロング

ルイ・アームストロング


ところで、映画では、介護施設で認知症の高齢者をおとなしくさせるために向精神薬漬けにされている場面が映し出されます。薬の過剰投与は彼らの心の叫びを抑え込みますが解消されるわけではありません。そのうちに、彼らは心を閉ざして外の世界とのつながりを断ってしまいます。残念ながらこれは事実です。

それが、音楽の刺激によって記憶や感情がわき起こり、自分が取り戻せるというのですから、こんなにすばらしいことはないと思いました。

映画には、前出の曲のほかにも、たくさんの〝パーソナル・ソング〟が出てきます。わかっただけでもざっとこんな感じです。

サッチモことルイ・アームストロング「聖者の行進 (When The Saints Go Marching In) 」、40年代に大人気だった白人3姉妹のジャズ・コーラス、アンドリュース・シスターズ「オー・ジョニー (Oh Johnny, Oh Johnny, Oh!) 」、フォー・シーズンズのリード・ヴォーカルだったフランキー・ヴァリ「君の瞳に恋してる (Can’t Take My Eyes Off You ) 」、キュートな4人組の黒人女性コーラス・グループ、シュレルズが歌って大ヒットしたキャロル・キングの名作「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロウ ‘Will You Love Me Tomorrow’ 」ビーチ・ボーイズ「アイ・ゲット・アラウンド ‘I Get Round’ 」ベン・E・キング「スタンド・バイ・ミー ‘Stand By Me’ 」ビートルズ「抱きしめたい ‘I Wanna Hold Your Hand’ 」「ヘイ・ジュード ‘Hey Jude’ 」「ブラックバード ‘Blackbird’ 」など。

ベートーベンのようなクラシックもありましたが、メインは40〜60年代のヒット曲です。

このラインナップをみて気づいたのは、75歳以上の高齢者の世代むけと思われる〝パーソナル・ソング〟がサッチモ、キャブ、アンドリュースなど、意外と少ないことです。

アンドリュース・シスターズ

アンドリュース・シスターズ

シュレルズ

シュレルズ

豊寿苑の利用者の平均年齢であてはめると、ビング・クロスビーフランク・シナトラグレン・ミラー楽団あたりが出てきてもおかしくないはずですが、そうでないのは、コーエンの音楽療法が若年性アルツハイマーのようなもうすこし年齢の低い中高老年層を中心に試みられたからかもしれません。

左から、ボブ・ホープ、フランク・シナトラ、ビング・クロスビー

左から、ボブ・ホープ、フランク・シナトラ、ビング・クロスビー

もう1点、不思議だったのは、60年代(とくに前半)の曲が目立っていたのとは対照的に、ナット・キング・コールエルビス・プレスリーポール・アンカのような50年代を代表する歌手たちの曲もあまり使われていないことです。

躁うつ病のデニースはサルサで踊っていましたが、40年代末〜50年代に大流行したマンボチャチャチャも出てきません。ラテン音楽ファンとしては納得のいかないところです(笑)。
このあたりはダン・コーエンの好みの問題なんでしょうね。

映画を見終わって、私もダンのように豊寿苑のご利用者を対象に〝パーソナル・ソング〟を試みたくなりました。音楽の知識ではダンより上だと思っていますから…。

ただ、むずかしいと思うのは、「音楽には興味がない」と答える人が意外と多いのではないかということです。たとえ音楽鑑賞が趣味でなくても、心に残っている音楽はだれにでもあるはずです。しかし、本人は無自覚でしょうから、その曲を探り当てるとなるとたいへんな手間と時間が必要になるのではないでしょうか?

そこでありがちだと思うのは、本人がもっとも充実していた時代に流行っていたヒット曲をいくつかピックアップして、それらを聴いてもらい、その中からもっとも反応がよかったものを〝パーソナル・ソング〟に選ぶという手法です。これだとヘタしたら、たんなる「年代別懐かしのメロディ」になってしまいます。
福祉や介護の世界は、真面目だけれども感性がベタでイケてない人たちが多いので、こうなってしまわないかと私は懸念しています。

たとえば、私が認知症になったとします。

生活歴や家族の話から、音楽マニアで、とくにアフリカやラテンなどのワールド・ミュージックが好きだったという情報から、セネガルのユッスー・ンドゥールが90年に発表した「SET」が私の〝パーソナル・ソング〟ということにされたとしたらちょっと複雑な心境です。

ユッスー・ンドゥールの90年発売の名作『SET』

ユッスー・ンドゥールの90年発売の名作『SET』

たしかにユッスーの「SET」は大好きなので、私は相好を崩すのでしょうが、といって、これは私の〝パーソナル・ソング〟ではありません。

要するに、認知症の状態改善につながるのであれば、〝真実のパーソナル・ソング〟でなくても構わないという立場なのでしょうが、やっぱり納得できません。要するに、音楽にしろ、芸術全般はそれ自体が目的なのであって、手段ととらえた時点で、このような欺瞞は避けられない気がします。

私にはその人の〝パーソナル・ソング〟を勝手に決める権利はありません。だからこそ、〝パーソナル・ソング〟なのではありませんか?

13年11月のポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行って確信しましたが、私のパーソナル・ソング〟はビートルズです。
認知症になったら、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ (A Day In The Life)」か、「愛こそすべて (All You Need Is Love) 」を聞かせてください。

(続く)

2014.12.18 | 音楽とアート