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Poison & Medicine ブログ 毒と薬

2025.5.6

カルチャー

さらば、劇団クセック〜狂気を演じ続けて

2025年5月5日、名古屋の劇団クセック ACT の結成45周年、ラスト公演『ドン・キホーテ 狂気を演じ続けて』を観てきました。

クセックは、神宮寺啓さんの主宰・演出で、スペインの詩人・劇作家ガルシア・ロルカの作品はじめ、スペイン語圏の作家の作品を題材に、アングラ演劇の流れを汲む個性的で前衛的な表現を追求してきた演劇集団です。

日本的でありながら、寺山修司の「天井桟敷」や唐十郎の「状況劇場」のような土俗性はなく、「動く絵画」と呼ばれるように知的で洗練された現代アート感覚にあふれています。

95年開設の豊寿苑を建築設計した事務所にいたのが、クセック結成からのメンバーで音響担当の一級建築士・田中徹さんでした。

当初は仕事上でのつき合いでしたが、同い年で、現代アートやマニアックな音楽の好みが似通っていることから意気投合。
いつしか、仕事をそっちのけでアートや音楽の話をする仲になりました。

そして、2000年頃から毎年ゴールデン・ウィークの時期に、愛知県芸術劇場小ホールでおこなわれるクセック公演に必ず足を運ぶようになりました。

今回上演されたセルバンテス原作『ドン・キホーテ』は、クセックの代表作の一つです。

騎士道物語を読むことに溺れたすえ、自分を遍歴の騎士と思い込み、ドン・キホーテと名乗って世の悪と不正を糺(ただ)すべく冒険の旅に出た男の狂気がテーマです。

翻訳・脚本の田尻陽一さんは、ドン・キホーテの狂気をあざ笑う、正気を自認するわたしたちこそ狂気かもしれないと問いかけています。

もっとも、例によって、時系列に沿った物語展開はありません。

さらに特出すべきは舞台美術のすばらしさです。

・光と闇のコントラストを最大限に生かした照明効果。
・「もの派」を思わせる即物的で象徴性の高い舞台装置。
・役者の身体性を引き立てたり覆い隠したりするヴェールとしての衣装。
・中欧・東欧あたりの、三拍子を基調としたメランコリックで頽廃性を帯びた音楽。

これらが裏方=盛り立て役でなく、演じる役者たちと同じ位相にあって、相乗効果を生んでいるところに総合芸術としてのクセックの本領があったと思います。

役者たちは詩的といっていい台詞をまくしたて、土方巽(ひじかたたつみ)の暗黒舞踏を思わせる身体性を強調したゆったりとした動きで演じ続けます。

言葉は意味としてよりも、役者の表情、仕草、声の調子やスピードなどを含めた言語パフォーマンスとして機能し、多様な解釈が可能なメタファー(隠喩)に満ちた演劇空間を創造しています。

ブログ「時代遅れの『教養主義』はわたしの生命維持装置」で書いたように、体制的な「正統派」への反発として生まれた、この種の難解でペダンティック(知識をひけらかすよう)な文芸や芸術趣味は、いまや、感情を短い言葉ですばやく口語的に書き込む SNS からディスられています。

だから、ますますペダンティックに向かいたくなる今日この頃です。

自らの肉体を限界まで追い込んで「演じること」を突き抜けた演技が求められるクセックの舞台は過酷です。

新型コロナによる公演中止をはさんで昨年、4年ぶりに再開した公演『ドン・フアン』を観て、ヴェテラン俳優たちの身体的な衰えはおおうべくもないと実感しました。

公演後、クセックは来年の公演をもって解散すると聞いたとき、残念でしたが仕方がないと思いました。

そして今日、フィナーレを迎えました。
会場は満席。
いかにもアート系といった感じの若い人たちもいましたが、客層は五十代半ば以上の中高年齢層が中心でした。

こうして舞台は終了。45年に及んだ劇団の歴史に幕が下ろされました。

役者さんたちが舞台上で一列に並んであいさつすると、拍手は鳴りやみませんでした。
しかし、客席から立ち上がり拍手を送るお客さんはまばらでした。

クラシック音楽のコンサートにはよくある「お約束」など、クセックに似合わないことをお客さんたちもよくわかっているなと微笑ましく感じたものです。

とはいえ、心の中は感慨ひとしお。
名古屋ではめずらしい前衛的で絵画的な演劇を長年楽しませてくれた劇団クセック ACT のみなさんに心からの感謝と惜しみない賛辞を送っていました。

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